書評ブログから書評メディアへ。

書評、読書感想。主に自己啓発・健康本など。

はてなブログ半年で読者数50人。アクセス数は6万と少し。

このブログを開始した日は、はてなブログの設定の部分を見ると「2017年6月27日」となっている。12月24日の今日でちょうど180日目。

 

読者数も切りよく50人。ブログを始めたころはこんなに読者になってくれる人がいるとは思わなかった。はてなブログは比較的ブックマークや読者がつきやすいようだとは思うけれど、正直とてもうれしい。

 

どんな理由であれ、読者に登録してくださった方、本当にありがとうございます。

 

アクセス数について

細かい数字はよく分からないけれど、6月27日からの総アクセスは6万ちょっとのようだ。(Googleアナリティクス使用)

 

6万を180で割ると、333、333・・・・・・となった。一日平均は大体300アクセスくらいらしい。

 

自分の実力でないことを決して忘れたくはない

当然だけれどアクセスが集まったりこれだけの人が、たとえ一時的であったり気まぐれであったりしたとしても読者登録をしてくださったのは「本」のおかげである。

 

僕は自分が興味のある本を読み、好き勝手に書評という名の「読書感想文」を書いているだけ。

 

本が、ひいてはそれを書いた著者の方が世間から注目されているために「それを読んだ人の感想が知りたい」と多くの人が、僕のブログにも興味を持ってくれた。

 

僕の中で一日にアクセスが数百あるのは、というよりもそもそも継続的にアクセスがあるのはものすごく「奇跡」みたいなこと。

 

でもそれは僕に「ものすごい文章力」があったり「人としての魅力があったり」するわけではもちろんない。

 

もっと言ってしまうと、文自体、このブログの存在価値自体「0」に等しい。

 

ただ僕が読んだ「本」が世間から注目されているから。多くの人が「期待」をしているから。

 

だからこのブログが成り立っていると思うし、こうやってブログを書き続けることができている。(アクセスが集まらなったり、読者になっていくれる人がいなかったりしたら正直ここまで続いていないと、たびたび思う。)

 

やっぱり、「好きを仕事にしたい。」

ただ「180日続きました。アクセスもあって、読者に登録してくれる人もいて、満足満足!」とはならない。全然、全くならない。むしろ非常にまずい。

 

というのも

 

やっぱり「好きを仕事にしたい。」

 

のである。

 

本を読むのが好き。読んだ本について語るのが、文章を書くのが好き。

 

自分一人で作業をするのが好き。

 

物事を考えるのが好き。

 

好きを仕事にしたい。

 

それも「ちゃんと(社会や身内以外の第三者に対して)価値を提供している」と思えた上でお金をもらいたい。それで生活したい。それで「生活しています」と言えるくらいのお金がもらいたい。

 

そういう思いがますます強くなる。

 

アクセスがバンバン集まればいいわけでも、お金だけが稼げればいいだけでもなく。

 

欲張りだから全部ほしいと思う。また、全部一緒なのだとも思う。

 

本当に価値のあるブログになったら、仕事はいろいろなところから入ってくると思うし、必要とされることでおのずとお金が頂けるようになると思う。

 

逆になんの価値もなければお金はいただけない。

 

本当は書評も微妙だと思う時もある。

 

著者に許可を取っているわけでもなく、自分の好き勝手にああだこうだ書いて。

 

それで「自分の文章に価値がある」「お金が欲しい。」。これは本当に自分の気持ちに沿ったことなのだろうか。

 

できれば、「自分自身」でコンテンツを生み出したい。

 

何かに寄っかかるのではなくて。「これは僕が生み出した価値です。」と胸を張って社会に自分の価値を送り出したい。

 

ブログはきっかけであり、スタートであり、ここがゴールではないと思う。

 

どんな形でもいい。「自分の好きを仕事にしたい。」「自分の得意を発揮できる生活を送りたい。」

 

そのためのブログだと思っている。

 

読者数やらアクセス数の話をしておいてなんのこっちゃなのだが、半年ブログを続けてみて、今はこのようなことを思っています。