どんぐり宣言!!

本の書評などなどなど。。。

【書評】「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる

響く部分が多く、少し本屋でちらっと見てみようかな。。。という予定が気づいたらレジに持って行ってました汗

 

お金を払った分はきっちり自分の中に落とし込んで、このサイトの運営に活かしたい。

 

いや活かす!!

 

というわけで自分が「これや!!」と思えた部分、

 

何に気持ちを動かされてレジへと突き進んでしまったのかなど(笑)

 

本文の内容の気になったところを中心に、書評していきます。

 

 

 

この本のイメージ。高村光太郎さんの有名な言葉

今この記事の構成を考えながら、本書で受けた刺激を「どのように文章としてアプトプットしていくか」を考えていました。

 

すると書きたいことが次から次へと出てきて止まりません(笑)

 

基本的に刺激を受けた内容がある本のみ、書評を書くようにしているのですが。。

 

(というよりも、受けた刺激がなければ筆が進まない。。。)

 

ここまで書きたいことが溢れてくるのはなかなかに珍しい。

 

自分の中の読後興奮がすごいことになってます(笑)

 

興奮冷めやらぬなかではありますが、まずこの本の「イメージ」を書き残しておきます。

 

これには僕の言葉ではありませんが、ものすごくピンとくる言葉がありました。

 

それは高村光太郎さんというとても有名な詩人の言葉。

 

また今回取り上げる言葉自体も、車のCMで使われるなど非常に有名な言葉です。

 

それは、「道程」という詩の中の一節。

 

引用させて頂きます。

 

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る

 (引用:高村光太郎「道程」より)

 

この言葉です。

 

ちょっと引用するだけでも照れてしまいますが(笑)

 

非常にかっこいい言葉ですね。

 

本書を読みながら感じたこと。

 

その多くが、この高村さんの言葉を連想させるものがありました。

 

ではさっそく本書の内容に入っていきます。

 

まずはこの本の概要を簡単に。

 

どんな本?

 この本は「ネットでお金を稼ぐ」ということのヒントが詰まっている一冊です。

 

ネットで、というと少し曖昧。

 

もっと厳密にいうならば「ブログで」ということです。

 

著者は立花岳志さんという方。

 

僕自身は本書を知るまで、お名前を拝見したことはありませんでした。

 

しかしメディア露出や出版経験も豊富にある方で、すでにご存知の方は少なくないかもしれません。

 

経歴を本書の帯より引用させて頂きます。

 

年間1000万PVを誇るブログ「No Second Life」主宰。

 

会社員の傍ら始めたブログが人気を博し、41歳で「ブロガー」として独立。

 

会社員をしつつ「ネットで副業を。。。」ということに興味を持った方にとっては、まさに憧れの経歴(笑)

 

ブログを始めたのがアラフォーになってから、というのも多くの方の心をつかむポイントの一つではないでしょうか。

 

この本ではこのような経歴の著者が

  1. 自分のブログが人気を博すまで、やってきたこと
  2. 今からブログを始めるなら、どのような考えをもって、何から始めたら良いか?
  3. ブログの強みや情報発信の本質

について存分に語られています。

 

では以下で、実際に書かれている内容について、僕が気持ちが大いに揺さぶられた部分をピックアップ。

 

損得勘定では続かない

 最初の4項目は僕が

 

「(本屋さんにて)ちょっと読んでみるか。。。→気づいたらレジ」

 

という体験をした元凶(笑)です。

 

1つ目が、この「損得勘定では続かない」

 

何が続かないか?というともちろんブログですね。

 

(ただこの発想自体は他の分野でも応用が利きます。)

 

丁度ブログに関して「うーん。。。」と思い悩んでいたこともあり、この言葉がそのままグサッと心に刺さってきました。

 

そしてこれは僕自身が身をもって体験したことでもあります。

 

というのも僕は、この「自分が好きな本を読み、それを書評する」というこのサイトを始める前、幾つものサイト・ブログに挑戦しています。

 

中には自分が全く興味が持てない情報をただ羅列していくというサイトも。。。

 

「稼げる!!」と聞けばよくも悪くも素直に飛び込んでいきました。

 

しかし結果は惨敗。

 

敗因ははっきりしていて、「稼げるとわかっていてもどうにも続かない」というもの。

 

この現象を、僕は長年「やっぱり自分には物事を継続させる根性・能力がないんだ」と解釈し、落ち込んでいました。

 

しかしこのブログを始めてから、継続できないことが「自分の飽き性のせい」だけではないことに気が付いたのです。

 

理由は単純で、「自分がやっていることの意味・意義が感じられないものは続かない」ということです。

 

「稼げる!」「儲かる!」が僕の中で強いモチベーションにつながらなかったからです。

 

この部分だけ取り上げると「なに善人ぶってるんだ」と反感を買ってしまいそうですね(笑)

 

言い訳というわけではありませんが、はっきり言わせて下さい。

 

僕はお金が大好きです。

 

お金儲けも大好きです!!!!!

 

はい。(笑)

 

ただ問題は「後からお金がじゃんじゃん入るよ」と言われたからと言って、無味乾燥な行動は続けられません。

 

むしろ「お金儲け」という行為だからこそ、自分にとって意義のある行為でなければならないと僕はこの本を読んで気づきました。

 

これは「営業マンや、営業という仕事」を考えると、理解して頂けるのではと思います。

 

僕は現在営業マンではありませんし、これといった営業職を経験したこともありません。

 

しかし営業マン向けのビジネス書を読むことは好きです(笑)

 

それらを読んでみると、営業職というのがいかに「意義を感じにくい職」かということに改めて気付かされます。

 

なぜならば営業というのは「損得を意識せざる負えない」上に「必ずしも他人に喜ばれるわけではない」から。

 

営業というだけで電話や対面の対応を嫌がられます。

 

人は売り込まれること、都合よく利用されることが大嫌いだからです。

 

自分は自分自身の、そして会社のためにノルマを追いかけないといけない。。。

 

しかし営業をするたびに「自分の仕事は、社会や他人から必要とされるものではないのではないか。。?」と感じる。

 

これほど辛くて苦しいことはありません。

 

「お金儲け」にはどうしても「自分だけが得をする・ズルをする」という感情がつきまといます。

 

僕もこれまでのサイト・ブログ運営でたびたび感じてきたことでした。

 

ただアクセスが集まるから、それが儲けにつながるからという理由だけで、自分の本意ではない記事を書く。

 

役に立つとは到底思えない、中身がスカスカのネット記事を書き続ける。

 

この作業によって出来上がるのは、読む側にとって「ふざけんな!!」と罵倒したくなるようなネット記事。

 

「タイトルで釣る」と言われるような、興味をあおるだけあおっておいてクリックしてみたら怪しげな宣伝。。。

 

しかしこのような記事、実は「書く側」にとっても相当に精神的ストレスがかかること代物なんです。

 

間違いなく「罪悪感」や「うしろめたさ」のようなものが生まれます。

 

ただ、「この自分の感覚を殺してでも、儲けを優先できる」という人も中にはいます。

 

僕にはそれができませんでした。

 

何度もいいますが、これは僕が善人だからとかそういうことではありません。

 

「他人から必要とされていない感覚」

「自分が心にも思っていないことを書き続けるうしろめたさ」

 

これは善人ではなくとも、自分の気持ちを黙らせても行動し続ける力がなければ、続けることは容易ではないんです。

 

ある意味では「相当にストイック」か「相当に鈍感」でなければいけない。

 

元々

 

  • 「人から悪意を向けられることが怖い」
  • 「自分が悪い人間なのではないか?とたびたび怯えてしまう」
  • 好きな本の中に、太宰の人間失格がある。。。(は関係ないか(笑))

 

そんな、よく言えば「繊細」、率直に言えば「臆病」な僕にとっては

 

自分が儲かることだからこそ、「他の人にも役に立つ」という感覚が必要。

 

僕の中では

 

損得勘定では続かない、もっと言うと

 

損得勘定だけでは続かない

 

には、このような「これまでの経験したことの裏付け」があったために、非常に腑に落ちる内容でした。

 

「好き」と「憧れ」の区別。好きは「自分の過程」、憧れは「他人の結果」。

 

 続いて僕に刺さった内容の2つ目が「好き」と「憧れ」の区別。

 

これもここ数年で「うすうす感じていたこと」がこの本を読んだ「はっきりと自覚できた」という印象です。

 

とにかくこの本は

 

「ここ数年で自分がなんとなく感じていたもやもやが、言葉にして説明できるレベルにまで腑に落ちる」

 

内容が満載でした。

 

頭の中のパズルのピースが一つ一つはまっていくというか。

 

ちょっと言い方がキザですかね(笑)

 

「好き」と「憧れ」。

 

何が違うのか?

 

この本では76ページでその違いを取り扱っています。

目次より、その項目を引用してみます。

 

なぜ、ほとんどの高校生はギターに手を出してもすぐやめてしまうのか?

 

なんというか、項目名がいいですよね(笑)

 

このタイトルで一冊本が書けてしまいそうです。

 

この著者は長年ブログをやられていたということもあり、言葉選びや文章の運びが秀逸です。

 

「読みやすい」のはもちろんのこと、「ハッとさせる」引っかかりを作るのがうまい。

 

また何より書いていることに説得力があります。

 

これは表面的な「文章力」というものではなく、書き手が「これだ」と感じたことを書いているからかもしれませんが。

 

またしても話が脱線してしまいそうなので、著者の文章の話はこのへんで汗

 

「好き」と「憧れ」の区別。

 

著者が説明された例、高校生×ギターで考えるならばこうなります。

 

好き=ギターを弾くこと

憧れ=ステージに立つこと。ちやほやされること。

 

多くの高校生が何らかのバンドマン・シンガーソングライターに憧れ、ギターを手に取ります。

 

しかし現実は残酷。

 

練習しても中々うまくならない演奏、どうしても指が届かないコード。痛くなる手、擦り切れる指。

 

そうしてギターはホコリをかぶり、バンドは「メンバー間の方向性の違い」で解散します。

 

憧れは「他人の結果」に対しての感情です。

 

そして憧れは大きな興奮をもたらしますが、その興奮は一時的なもの。長続きしません。

 

その興奮だけでは、行動を継続させることは至難の業です。

 

では、「好き」とは何か。

 

それは「自分の過程」に対する気持ち。

 

ギターの例でいえば

 

  • ギターを弾くことが楽しい。
  • 手が痛かろうが、指がちぎれようが関係ない。(あるけど)
  • もはや、ギターに触れるだけで興奮する。

 

そんな状態です。これはもはや「恋」です。

 

しかし遠くのアイドルや憧れのバンドマンにしている恋ではない。

 

それは、「目の前の」「自分が行っている行為」に対する、純粋な快楽

 

これこそが「継続の強い原動力」になります。

 

有名な話かもしれませんが、「快楽ボタンを押し続けるラット」という実験結果があります。

 

アメリカの心理・生理学者のジェイムズー・オールズよる、少し残酷な実験。

 

脳の快楽を感じる部分に刺激が走る電極が埋め込まれたラット。そしてラットの前にはその刺激を発生させるボタン。

 

結局ラットはそのボタンを餌もとらず押し続け、死んでしまったと言います。

 

ラットの命を実験動物として扱うことの倫理的な話は、ここでは脇に置いておきます。

 

ここで言いたいのは「目の前の行動の快楽」というのがとても強力な「行動を促す動機」になりうるということ。

 

そしてそれは「社会的なこと」よりも「身体的・本能的」なことの方が強い。

 

あくまで「儲かる」は社会的な快楽です。

 

もちろん人間は「社会的・理性的」な現象に対しても快楽を感じることにできる脳のシステムを発達させてはいますが。。。

 

それでもやはり動物であること、本能が強い行動原理になっていることに疑いはありません。

 

「ブログを書く」という行為は、直接的に空腹を満たしてくれたり、性欲を満たしてくれたりはしません。

 

しかしその内容と本人の工夫次第で、「自分の快楽につながる」行為にしうるもの。

 

(例えば「食」に関する内容にするなど、肉体的快楽に近いものを取り上げてみたり。

 

本のページの匂いを嗅ぐだけでドキドキする僕にとっては、まさに「書評」がテーマとしてうってつけ。)

 

ここが「ブログを継続させる」ということに関して大きなカギを握っていると言えるのは、間違いないでしょう。

 

結果ではなく「過程」も武器になる。

この本で影響を受けたことの3つ目。

 

それは

 

結果ではなく「過程」も武器になる。

 

ということ。

 

どういうことか?

 

1つ前の項目では

 

憧れ=「他人の結果」への感情

好き=「自分の過程」への快楽

 

ということを定義しました。

 

(本書ではこのようにはっきりとは定義されていません。ただ内容としてはこのような意味合いで書かれています)

 

結果とは「他人がうらやむようなもの」。

 

例えば

 

  • 3か月で10キロ減!
  • どん底営業マンがたった1年で営業トップに。
  • 観客は知り合い数人。3年で武道館満員のトップアーティストへ。

 

こんな感じです。

 

なんだか見たことあるな。。。と思う方もいらっしゃるかもしれません。

 

「ビジネス書・ノウハウ本」の定番中の定番ですよね(笑)

 

著者はこのことについても

 

  • 書籍(ビジネス書・ノウハウ系の本)は結果を元に語らなければならない。
  • ブログは過程でも大丈夫

 

と本書で指摘されています。

 

現に著者自身がそのような経験をされてきたからです。

 

著者は元々「非常に体重のある」方でした。

 

しかし「ブログにランニングの習慣をつけること」に挑戦し、そこから見事減量に成功します。

 

ブログでは「やり始めました。」「挑戦しています」ということも書いていい。むしろ、そういうことを書くのに適しているのがブログであると言えます。

 

それを書くことでどうなるのか??

 

同じような行為をしている人が集まってきます。

 

それがただの日記ではなく、「等身大の人が書いた『ちょっとしたコツ』のようなもの」であればなおさらです。

 

インターネットによって「何かを試す前にはまずは口コミ」というのは当たり前のことになりました。

 

この口コミ元は「有名人」や「何かの専門家」である必要はありません。

 

そこに行った、その商品を試してみた、「自分と同じ普通の人」が素直に正直な感想を書いてくれていれば十分参考になります。

 

むしろ「自分と同じような立場」の人であればあるほど言いわけです。

 

だからこそ「ブログ」に価値が生まれてきます。

 

その情報が「誰かの役に立つ」ものになります。

 

ランニングを始めようかな。。。と考えている人がいるとします。

 

そこでまずは靴を買おうと考える。

 

すると店頭で「あるランニングシューズ」が目に留まります。

 

見た目も機能もいいけど、そこそこ値段が。。。

 

そこでその人は何をするでしょうか?

 

店員さんに尋ねるでしょうか?

 

あるいはその会社の公式ホームページを見る?

 

どちらもありかもしれません。

 

しかし「スマホで口コミを見る」という人の方が圧倒的に多いのではないでしょうか。

 

なぜならばそれは「第三者目線の意見」だから。

 

靴やの店員さんは靴を売るのが仕事。

 

その靴の販売元ならば、なおさら言うまでもありません。

 

「この靴はこんな人には合わないかも」

 

そんなことは滅多に書いてないわけです。

 

でも高いお金を出して「損した!!ふざけんな!!」と感じた人は、すぐにネットに書き込みます(笑)

 

その靴を売る必要がない立場の人からの、「実際に履いてみてどうだったか」。

 

これほど役に立つ情報はないでしょう。

 

もちろん、ネットの記事の中には「それを売ること」を目的としたものもあります。

 

いわゆる「ステマ」。

 

また、ブログは今や個人が広告料を得る簡単な仕組みが用意されています。

 

Amazonの商品リンクなどもそうですね。

 

ただし、「多くのものが商品として扱える」ため、別に特定のものを推す必要がなくなったのも事実。

 

嫌なものを無理に「これ最高!!」と言わなくてもよくなったわけです。

 

なぜなら「自分が本当に買ってよかった!」と思えるものでも、同様に広告料が得られるから。

 

これは「自分の会社のもの以外は利益につながらない」営業マンとは違う大きな強み。

 

ブログによる発信者は「自分が売りたいもの」を企業・販売元を問わず広く扱うことができます。

 

また実際に「在庫を持つ」わけではないため、リスクもあってないようなもの。

 

また売るものが無かった場合、「自分の経験」だけでも十分に広告料につなげることができます。

 

(そのブログページにGoogleの広告を貼っておけば興味のある人がクリックをするだけで広告料につながります。)

 

「自分の『好き』、『これよかった!』」

 

さらには

 

「これ、ちょっとイマイチかも!」

 

という経験でさえ、

  1. 誰かの役に立つ
  2. 自分の稼ぎにつながる

仕組みをつくることができる。

 

しかもそれが「一般の人の手の届くところにある」

 

インターネットが広まることでそのような革命的状況が生み出されました。

 

そして「スマートフォン」によってその流れが強化されたことは、僕たちがすでに体感している通りですね。

 

この話から僕が連想するのは「労働者と資本家」の関係性。

 

資本家の強みは「生産手段を持っていること」です。

 

生産手段とは「土地・機械」をイメージするとわかりやすいですね。

 

ここでは土地を中心に「農民」を考えてみます。

 

農民が「米」を生産するには、もちろん稲も必要ですが、前提として土地が必要。

 

土地がなければ「労働力」があったとしても米を「生産」できないわけです。

 

地主(資本家)はそれを所有しています。

 

そしてそれを労働者に貸すことにより、対価として「労働」を受け取ります。

 

「自分で働かなくても、生産手段を貸して働いてもらえばいい」

 

これが資本家と労働者の関係、その違いは「生産手段を持っているかどうか」です。

 

これは「会社(資本家)と正社員(労働者)」の関係にも当てはまります。

 

何がいいたいのかというと「ブログで稼げるようになったから、会社を辞める」という人がここに来て多く現れたのは、ブログが「生産手段」として機能しているからです。

 

そして「ブログ」や「インターネット環境」というのは、一般の人の手の届くところにある。

 

それはつまり、「資本家と労働者」の差を分けていた「生産手段」がすべての人の手の届くところに置かれてしまったということ。

 

資本家は大慌てですね(笑)

 

ただし「ブログは生産手段であり、直接的な紙幣発行機」ではありません。

 

土地や鍬(くわ)ではありますが、それ自体が「米が出てくるマシーン」ではないということ。

 

土地や鍬が無料で手に入るものであったとしても、「耕さなければ」意味がない。

 

このあたりを勘違いさえしなければ、「自分の土地で自分が育てたものを収穫する」という日もそう遠くはないはずです。 

 

「量」と更新頻度の違い。

だいぶ寄り道をしてしまっているため、長くなっているのですが。。。

 

僕がこの本を買わずにはいられなかった内容の4つ目。

 

この4つ目が「立ち読み→レジ」という理由の最後の項目です。

 

5つ目以降は家に帰ってじっくり読んでから「やっぱ買ってよかった。。。」とかみしめた内容(笑)

 

では4つ目。

 

それは「量」と更新頻度の違いについて。

 

 ここで言う「量」も「更新頻度」も、どちらもブログの「書くこと」を示しています。

 

「量」と「更新頻度」は一見すると同じことのように見えます。しかしここには重要な違いが。

 

それは、

 

量=「どのくらい」書くか?

更新頻度=どのくらい「頻繁に」書くか?

 

です。

 

著者は「量」よりも「更新頻度」を優先するよう勧めています。

 

簡単に言うと「一気に大量に書いてもだめだよ」ということです。

 

なぜならば「続けること」が「ブログで稼げる状態になる」ことには必須条件だから。

 

一時的なやる気・憧れへの興奮によってブログ記事を量産しても、長期的な価値は薄い。

 

これは自分にとって非常に耳の痛い内容でした(笑)

 

だからこそ「この本を買おう」と思えた強い理由の一つなわけです。

 

本書はこの9カ月ほど当サイトを続けてきた僕にとって、

 

「自分がやってきたことは、これで良かったんだ」

 

と思える内容が多く見つけられた一冊でした。

 

しかし同時に

 

「もっとこうした方がいいのかも」

「これじゃダメなんだ」

 

と思わせてくれる内容も多く含まれていたのです。

 

そしてそれは「これからも意識し続けたい」内容でもありました。

 

僕はこのサイトで今までに350近い記事を書いてきました。

 

まだ一年もたっていないので平均すると「一日一記事以上」です。

 

これだけ見れば自分で言うのもなんなんですが、「まぁ結構がんばってきたな」と(笑)

 

しかし頻度はめちゃくちゃ。

 

書ける時は大量に書く、しかし一度書けなくなると一週間くらい書かない日が続いてしまう。。なんてことはざらです。

 

トータルとして9カ月というと、僕の中ではなかなか続けられた方だなという長さ。

 

しかしそこでやっていたことは、持久走というよりもむしろ「短距離ダッシュを繰り返してきた」というもの。

 

調子の良い時と、そうでない時の差が激しい。

 

僕の中では「それでもここまで続けられたこと自体が奇跡」というほど、自分に対する評価のハードルが低いのですが(笑)

 

しかしここから先は「もう一歩上の段階に進みたい」。

 

そのために

 

「調子の悪い時はそこそこ書ける。すごく気持ちがノッている時はますます書ける」

 

このような状態に自分を持っていきたいのです。

 

著者は「ブログの更新」を「筋トレ」に例えています。

 

  • 「継続することでその力が強固になっていく」
  • たとえ気持ちが乗らない時でも「習慣」として書くことができる。

 

という主張です。非常に納得しました。

 

この9カ月で僕は

 

「散々ブログやらサイトやらの運営が続かなかった自分でも、ここを抑えておけばなんとか続けられるポイントのようなものがある」

 

ということが分かりました。

 

そしてその「なんとなく」という気づきがこの本を読んで一気に言語化され、整理された。

 

と自分では思っていますが、まだ他の方から見ると

 

こいつ、自分の中でわかった気になってやがるな

 

という程度かもしれません(笑)

 

しかし僕の中では大きな進歩・変化であると感じています。

 

だからこそこの変化の兆しをきちんとモノにしたいのです。

 

大げさに言うならばここが、この本を読んだことが

 

「自分の人生のターニングポイントの一つになるのではないか」

 

冗談ではなくそう感じています。

 

あ、あまり引かないでください(笑)

 

とにかく「量」より「更新頻度」。

 

著者は本書において「量よりも」ということに加えて「質よりも」ということもあげています。

 

これは「最初から完璧を目指そうとすると苦しくなるから、質はあまり意識せずにとにかくまず書くことを意識しよう」ということですね。

 

ただし僕にとっては「量よりも」という着想がより重要でした。

 

「質」に関してはいつもめちゃくちゃに書いており、「いくら質を意識しないようにとは言っても、もうちょっと意識した方がいいのでは。。。」というくらいだからです(笑)

 

このあたりは人によっては注意すべき点が変わってくるかもしれません。 

 

ブランディングも習慣化も「なりたい自分になる。」でスッキリ。

 この5項目目からは(僕の中での)新章突入です。

 

今までの四項目が

 

「ま、ちょっと立ち読みさせてもらうかな。。。」→「こりゃ買いだな」

 

となった四項目。

 

これからの項目は

 

「買ってみた。これは元を取るためにも本腰を入れて読まざる負えない。→いや、この内容読んだだけでもすでに元とれれたわ」

 

となった内容です(笑)

 

第一章「衝撃の出会い」から新章「これはもはや愛読書」へと突入。。。!!

 

自分でも何を言っているのかはよく分かりません!!(笑)

 

では本書で参考になった内容の5項目目。

 

ブランディングも習慣化も「好きなことを発信する」でスッキリ。

 

と、題しました。

 

これは冒頭で紹介した「高村光太郎さんの詩の一節」を連想したきっかけに最も近い内容でもあります。

 

その前に「ブランディング」という言葉について簡単に説明しておきますね。

 

ブランディングとは簡単に言うと「ブランドを作ること」。

 

ブランドと言えばグッチやエルメスなど革っぽい高級っぽいバッグやら時計やらが思い浮かびます。

 

しかし最近では「セルフブランディング(自分のブランドをつくる)」という言葉も生まれてきており、「ブランドをつくること」が個人レベルでの関心を集めているのです。

 

 これもやはり「個人が気軽に生産手段を持てるようになった」というインターネット文化の背景が原因にあります。

 

自分のブログに、何度も訪れてもらうには??

多くの人に「支持される」ウェブサイトを作るには?

 

ブランドとは「信頼」、または「憧れ」が形になったものです。

 

元々そのブランドが確立されたのは、「多くの人に支持された」「信頼された」からです。

 

可愛いデザインだったのか、奇抜だったのか。

 

あるいは高い技術力や、安定した実績。

 

会社で言えば「この会社に任せとけば間違いない」とか「ここの会社の商品なら安心」とか。

 

そんな感じですね。

 

そしてブランドが確立され広まると不思議な現象が起こり始めます。

 

「それ自体がステータスになる」ということです。

 

最初は技術力やら、デザイン性やらで人気を獲得していったもの。

つまりは「実力」がものを言います。

 

しかしある一定ラインを越えると、それは「信頼」に変わる。

 

一度信頼されるようになると「細かい良しあし」は問われなくなるわけです。

 

むしろそんなことはどうだっていい。

 

「この商品自体がいいから」ではなく「このブランドだから」という購入理由が生まれてくる。

 

そしてそれを持つこと自体が「他の人からうらやまれること」になったり、「共感を生むこと」につながったりにつながっていく。

 

「売り込まなくても売れる」「限りなく無条件に喜ばれる」状態になるわけです。

 

となると売る側が「自分もブランド化したい」と考えるのはごく自然な流れ。

 

しかしここに落とし穴が。

 

ブランドには、それが「ブランドとなった」理由があります。

 

高い技術力だとか、豊富な販売実績だとか。

 

それがないブランドはほとんど「詐欺」に近い。

 

「本当は大した価値の無いものを、実質以上によく見せている」という行為になってしまうからです。

 

ここで高村光太郎さんの冒頭の節を再度引用します。

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る

 (引用:高村光太郎「道程」より)

 

これ、そのまま「ブランドを作る話」にあてはあると思いませんか??

 

特に個人の場合。

 

やれブランディンダグだなんだと、ああだこうだするのではなく。

 

自分がやってきたことが自然に「その人のブランド」として信頼を得るようになる。

 

本書でもそのような考え方・行動指針が提唱されていました。

 

そのためには何をするか?

 

「好きなこと」を発信することです。

 

あなたの前に「こうすれば人気のあるブログが作れるよ!!」という道はありません。

 

あなたが続けたことに対して「だからあなたのブログが好きです!」という結果があるだけです。

 

そのためのヒントが「目の前の好き」。

 

「目の前の好き」だったら続けられる。

 

続けたことが「信頼」へと変わる。

 

この部分だけ取り上げるとやや理想論的ではありますが、細かい具体論については本書で詳しく解説されています。

 

気になる方は本屋さんなどでチェックしてみてください。

 

そのまま自分の足が勝手にレジに向かって歩きだしてしまっても、僕のせいにはしないように(笑)

 

才能が難しければ、貢献を考える。

6つ目のポイント。

 

「才能が難しければ、貢献を考える。」

 

どういうことか。

 

例えば「ものすごく美味しいフレンチをフルコースで作ってください」と言われると、あなたはどう思いますか。

 

僕はへらへらします。(笑)

 

へらへらして「またまた御冗談を。。。」という感じを出します。

 

まぁ早い話が「ちょっと無理ですね(きっぱり)」ということ。

 

(でも面と向かってはっきりNoとは言えないから、大抵へらへらして誤魔化します。。。)

 

ではなぜ「無理」なのか?

 

料理は技術だからです。

 

これを身に着けるには長い訓練が必要になります。

 

またある一定レベル以上になると「才能」も必要になってくるでしょう。

 

人よりも優れた味覚を持っているとか。

厳しいお師匠の指導にも耐えられる鋼のメンタルとか。(才能?)

 

しかし「人の役に立つ」ということは「情報を発信する」という観点だとぐっと難易度が下がります。

 

「東京のこのあたりで美味しいフレンチのお店知らない?」ということに関しては知識さえあればこと足りるからです。

 

情報を発信するとは何も「技術や才能」が必要なわけではない。

 

だからこそ情報を発信するという行為が「万人に開かれた生産手段」になりうるというわけです。

 

また人々が知りたいものはどんどん新しく出てきます。

 

本であれば、毎日大量の新刊が書店に並べられます。

 

Amazonにもバンバン出てきます。

 

するとそういった新しい本が出てくるたびに、興味の持った人が「実際この本って面白いんだろうか??」と疑問に思うわけです。

 

そうすると僕たちみたいなのが「この本よかった!!」とか「これはちょっとイマイチかも(;´∀`)」という情報をブログに挙げるだけで、「買おうか迷っている」という人の判断材料として貢献できるわけです。

 

そしてこの話は次の項目につながります。

 

コンテンツという竜の背に乗れば、透明人間に輪郭ができる。

 

僕がこの本で刺激を受けた点の7つ目。

 

それは「コンテンツという竜の背に乗れば、透明人間に輪郭ができる」という発想です。

 

このやたら長くてちょっとかっこつけた変な広告コピーのようなものは僕が考えた文章です。気にしないでください(笑)

 

「コンテンツという竜の背に乗る」という言葉の意味。

 

それは、「誰かが作ったもの・提供されているサービス」を使うということ。

 

先ほどの例でいえば「本を読む」ということ。あるいは「フレンチのお店に行き、そこのサービスを堪能する」ということです。

 

そしてそれ自体が「話題になっていたり」「影響力のあるもの」であればなおいい。

 

そうすれば「この本はどうだろうか?」とか「このお店はどうだろうか?」とその中身を知りたがる人が多くブログやサイトを訪れます。

 

アクセスを稼ぐためになんて卑怯な!!

 

と感じる方もおられるかもしれませんが、実は「竜の飼い主(そのコンテンツの制作主)」に喜ばれることも多々あります。

 

単純にプラスの口コミであれば、下手な広告よりも宣伝効果が強いからですね。

 

おまけにその人も自分が提供しているコンテンツの良い口コミを見れば「このコンテンツを作ってよかった」と嬉しくなります。

 

僕もこのブログを始めて非常に驚いたのですが、本の著者の方からツイッターなどで感謝されることが多々ありました。

 

だからこそ僕は「自分が気に入った本」のみの感想を書くようにしています。

 

「これはちょっと。。。」と思うような本は読んでもこの感想をアップしません(笑)

 

(場合によっては部分的なマイナス意見をあえて入れることもあります)

 

竜の背中に乗っている意識があるからこそ、コンテンツを作られた方への畏敬の念があるからこそです。

 

(何かを批判することで、それを肯定している誰かから恨みを買うのが単純に怖い、というのもあります。。。汗)

 

「竜の背中に乗る」ということはこのような意味合い。

 

では「透明人間に輪郭が(以下略)」とはどういう意味か。

 

情報を発信していると「なんや、この人。○○に関してごっつ詳しいやないかい」と、その情報を見ている側が感じるようになります。

 

ブログにはこれまで書いたことが残っていますから、それを見れば「うわっこの人めっちゃ本読んどるわ」とか「うわなんでこんなガジェットに詳しいんや」とか一目瞭然なんですね。

 

そして何かの分野を調べ情報発信をすればするほど、実際にその分野に詳しくなったり目が肥えてきたりします。

 

するとそれが「その人独自の視点・感性」としてブログに現れてくるわけです。

 

これまでは「マスメディア」に登場する人が有名人、それ以外の人は「一般人」でした。

 

そして「一般人」はどこにでもいるその他大勢、半径1メートルの社会でしか認識されない、広い世間では「限りなく透明人間に近い存在」なわけです。

 

しかしここに「ブログ」を筆頭とする「世間に向けて個を発信できる場」が登場した。

 

 確かに「その他大勢の一個人」としては誰も注目しない。

 

ただ「コンテンツという竜の背」に乗れば。。。

 

そしてあらゆる竜に乗っていくと今度は「なんかめちゃくちゃいろんな竜の背中にのっとる、竜の乗り手がおるっぽいな」ということで今度は「発信者」の方に注目が集まります。

 

透明だった人間に

 

ビジネス書ならこの人

 

とか、

 

コスメならこの人

 

とか、

 

ガジェットならこの人

 

という「輪郭」が生まれてくるわけです。

 

さらに輪郭は「情報の発信者」から「信頼できる人、応援したい人、共感できる人」へと変わっていきます。

 

注目されるのが「情報」から「その情報の発信者」、そして「一個人」へと移っていくわけです。

 

これが「透明人間に輪郭が与えられる」ということ。

 

「その他大勢の一人」だった人が「あぁあの人ね」と認識される個人ブランドを築くわけです。

 

好きをお金に。そして社会貢献へ。

 この本では、

 

  1. 無名のサラリーマンだった著者が
  2. ブログに自身が興味のあることにどんどん挑戦していく様を書き続けたところ
  3. 多くの人の関心・共感・信頼を集めるに至り
  4. 一個人として独立して仕事ができるようになった。

 

という著者の経験に裏打ちされた、「ブログで情報発信することのエッセンス」が盛り込まれています。

 

メインは「好きをお金に」ということ。多くの人がこれを読みたがっていることは間違いありません。

 

しかし、この本は「単なるノウハウ本」に終始していないのです。

 

僕がこの本の内容に触発されて一万字以上の誰が得をするのかという長ったらしい書評をすらすら書いてしまっているのにもここに理由があります(笑)

 

著者はブログを単に「好きを自分の儲けに変換するマシーン」とは見ていません。

 

その先のこと、つまり「無名の一個人が無名にも拘わらず確かな影響力を持って社会に貢献できる存在になりうる」。そのためのアイテムとして「ブログ」を位置付けているのです。

 

「マズローの五段階欲求説」という概念はご存知でしょうか。

 

人の欲求を5段階のピラミッドで示した図が教科書にもよく載っていましたね(笑)

 

一番下の段は「生理的欲求」、早い話が「食欲とか睡眠欲」とかそういう本能・体の欲求です。

 

そしてその下の段の欲求が満たされると、「人と関わりたい、人に認められたい」という社会的な欲求へと変化していきます。

 

ピラミッドの頂点は「自己実現」欲求。

 

自分の力を存分に発揮したい、それを形にしたいという欲求。

 

イメージされるのはプロのアスリートや芸術家などですね。

 

しかしこの欲求にはさらに上の段階が存在するのです。

 

そう、マズローの5段階欲求説は、何を隠そう提唱者のマズロー自身が、6段階目を提唱しているという謎の「5段階欲求説」なのです、、、!

 

(マズローは晩年になり6段階目を発表したとか。)

 

その欲求が「自己超越」の欲求。

 

本書にもこの「自己超越欲求」に関する話が少しでてきます。

 

では「自己超越欲求」とは何か?

 

それは

 

ある事柄の「達成」だけを純粋に求めるという状態。

 

そこには「人から認められたい」だとか「尊敬されたい」だとかそういう感覚がありません。

 

純粋に「そのことを達成したい」という欲求。

 

「使命感」とも言い換えられるかもしれません。

 

ブログを通した情報発信で「ただこれを成し遂げたい」というこの欲求までたどりつくことができるのか。

 

それは人によるとは思います。

 

しかしこの本では「その段階」の可能性についてまで話を進めていました。 

 

初心の「ワクワク」、そしてこれからの「ドキドキ」。

 

僕はこの「書評サイト」をここ9カ月ほど継続してきました。

 

しかしここ最近、自分の中に「サイトを運営することの迷い」がたびたび出てきました。

 

その度にあらゆる本に助けられ、なんとか「ブログ継続」を続けられたのですが。。。

 

この本でまた一つ、これまでの「迷い」が大きく吹っ切れた気がします。

 

そこには二つのポイントがありました。

 

1つは「初心のワクワクを思い出させてくれた」こと。

 

損得勘定だけでは続かない、更新頻度の重要性などについてはまさしくそれ。

 

サイトをはじめ「もしかしてこれはいける?」と感じ始めた2・3か月目のあたり。

 

そのあたりに考えていたこと、意識しようと思っていたこと。そしてその時の「これから何か起こるぞ」というわくわく。

 

この本でそれを思い返せたことは、僕の中で非常に大きかったです。

 

そしてもう一つが「これからのドキドキ」。

 

社会貢献、自己超越欲求などの話がそれにあたります。

 

まだ見ぬ「上の段階」。

 

そこから見えるのがどんな景色なのか、自分はどう変わるのか。

 

本書の内容では特に後半部分、「これからの自分の可能性」にドキドキしながら読み進めました。

 

【僕の場合】9カ月間、好きをネットに接続し続けた結果。

 僕はこの9か月間、このサイトを通して

 

「自分は読書が好きだ。本から学んだことを生かし、自分が成長していくことが好きだ」

 

という「好き」をネットに接続し続けました。

 

僕がこの

 

「好き+ネット(ブログ)=お金が手に入る」

 

という図式を確立し始めたのは、この情報商材を買った時からでした。

 

1日1記事、たった1つのブログ運営で、あなたの趣味や好きな事が月収20万円を産み出す ホビリエイト・マスターズカリキュラム

 

正直、本と比べるとそこそこの値段がするので、購入は最後まで迷いました。

 

でも最後は「これも自己投資だ。。。!」と自分を無理やり納得させ、自分の貯金箱をこじ開けました(笑)

 

結果として数百円・数千円だった収益がひと月当たり数万円まで膨らんだのでこの判断は間違っていなかったかなと。

 

そして今度はこの本にお金を投資しました。

 

こちらは1400円+税なので先ほどの情報商材に比べれば断然購入しやすいです(笑)

 

しかしそれでもやはり無駄にはしたくない。

 

本屋さんの棚の前で「本当に買うのか??本当に買うのか???」としつこいくらいに自問自答しました。

 

そして購入を選択。今度は「数万円の目先の利益」から「初心の『好き』に立ち返りつつ、さらなる可能性を追い求める」段階。

 

マズロー5段階欲求説、幻の6段階目に突入です(笑)

 

これからこのサイトを通して、自分がどこまで「自分の輪郭」をくっきりさせることができるのか。

 

胸が高鳴る理想と、それを理想で終わらせないだけの具体的な方法論が書かれた、非常に充実した一冊でした。